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かかわらなければ~塔 和子をうたう

かかわらなければ~塔 和子をうたう

If I Wasn’t Committed: Sings To Kazuko
cosmos records/CMCA 2029/2012年
2,000円(税別)

いま「絆」を求めるすべての人へ
瀬戸内海の閉ざされた島で紡ぎだされた「本質から湧く言葉」
高見順賞受賞の大詩人の代表作「胸の泉に」を含む8編を弾き語る

Tracklist:

01 はじらい
02 別れの時間が
03 とどかない
04 証
05 涙
06 選ぶ
07 地球の傷
08 胸の泉に(かかわらなければ)

塔 和子:詩/沢 知恵:曲

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塔和子さんは、1929年、愛媛県で生まれました。ハンセン病のため、13歳のとき瀬戸内海のハンセン病療養所、大島青松園に入所し、結婚した赤沢正美さんの指導により詩を書くようになりました。ラジオや雑誌に投稿した作品が評価され、多くの詩集を発表し、詩の世界でもっとも権威ある高見順賞を受賞しています。大岡信さんは「本質から湧く言葉」と書いています。生涯に発表した詩は約千編。このアルバムには、その中から私が選んだ8編をおさめています。

私が塔和子さんの詩に出会ったのは、高校生のとき。祖父の家のテーブルには、いつも大島青松園の月刊機関誌『青松』が積んでありました。祖父は長年『青松』に連載をしていたのです。何気なくめくると、一番字の少ないのが塔さんの詩のページ。でも、満ち満ちている。圧倒的な力強さとたしかさ。なんだろう。そんな印象でした。

祖父が亡くなり、幼いころ父に連れて行ってもらって以来、約20年ぶりに大島青松園を訪ねたのが1996年。赤ちゃんの私をおぼえていてくれたみなさんとの再会に感激し、大島は私の「故郷」になりました。何年かして、ふと「塔和子さんに会ってみたい」と言ったら、「塔さんは、あんたのお父さんと親しかったで」と導かれました。父は学生時代にひと夏、大島青松園で夏期神学生として過ごしました。

すでに病棟にいた塔さんは、パジャマ姿でも凛としてかっこよく、オーラを放っていました。詩の話、ものを生み出す話をいっぱいしてくださいました。あるとき、船に乗ろうと港へ急いでいると、自転車で追いかけてくる職員がいて、「これ、持って帰ってください」と塔さんの詩集を全部渡されました。マジ? 重いじゃん。どうやって? 私は重みと同時に、塔さんの思いもずっしり受け取った気がしました。私が金子みすゞや茨木のり子の詩をうたっているのを知って、塔さんはご自分の詩にも、と思ったと思います。言わないけどね。光栄なことではあるけれど、当時私は定型詩でない詩をうたう自信がなく、無理よー、と思いました。

その後、茨木のり子の長編叙事詩をCD化した〈りゅうりぇんれんの物語〉を境に、私はなんでもうたえるようになりました。中川五郎さんの影響も大きいです。うたいたいことばがあるなら、うたってしまえばいい、ってね。機が熟しかけたころ、「塔和子の会」の代表で牧師の川崎正明さんから手紙が届きました。塔さんの詩に曲をつけてうたってほしい、と少しだけ遠慮がちに。

私は塔さんや川崎さんからいただいた分厚い『塔和子全詩集』全3巻(編集工房ノア)をめくり、毎日少しずつ声に出して読みました。鋭くえぐるようでいて、うしろからすっぽり抱きかかえられているようなやさしさに、ほっとし、呼吸が整うのを感じました。塔さんの詩は「らい」とか「ハンセン病」がほとんど出てきません。だれの心にも通じるものばかり。なかでも愛の詩は秀逸で、時空を越えて、恋をする人に響くと思いました。愛の作品にこそ、芸術家の真骨頂があらわれると確信したのは、このときです。

最初に曲がついたのは《胸の泉に》でした。最初に感動した詩です。東日本大震災のあと、かかわり、絆が叫ばれたけれど、「かかわったが故に起こる/幸や不幸を」というところに、ああ、そうだ、と思いました。「不幸」もあるよね、って。歳を重ねたら、人生がにじみ出るようなかっこいいブルースをうたってみたいと思っていた夢は、このときかないました。詩集を開いてピアノに向かったら、そのまんま「かかわらなければ」というあのフレーズが出てきたのです。

録音は当時住んでいた千葉県松戸市矢切の自宅で。子どもを保育園に預けたあと、夕方のお迎えまでの限られた時間で作業しました。いい感じでノッてきたけど、ああ、お迎えだー、なんて日もあったっけ。毎日子どもと絵本を読んでいたので、詩の語りがやさしい気がします。いまあんなふうにできるかな。

アルバムが完成したとき、塔さんはパーキンソン病ですでに自らの意思を発せられない状態にありましたが、喜んでくださっているのがわかりました。その年の大島青松園コンサートでは、車いすで最前列にいてくださいました。次の年の2013年夏、塔さんは83歳で天に召されました。

生きるためにうたうって、どういうことだろう。尊厳をもってうたいつづけるって。塔和子さんの強さに、いま私は打ちのめされています。

マイ・ベスト3 すべて塔和子:詩/沢知恵:曲

1 選ぶ
一番好きな詩で、少年院のコンサートで必ずうたいます。「選ぶことは捨てることだ」「だが選ぶことは愛することだ」。先に朗読を録音し、あとからピアノをつけました。一発OKでした。いとうせいこうさんの語りにピアノで即興をして以来、こういうことができるようになりました。

2 証
「どうか/生きていたのだという証明書を/一枚だけ私に下さい」。ここが難しかった。間をぬうようにして入れたコーラスは、内なる燃える思いをあらわしたくて入れました。

3 はじらい
高松の楽器店でピアノの練習をしていたとき、突然ついたメロディーです。恋をして「ちっそくしそうです」なんて、ああ・・・。上野洋さんのうた心あふれるフルートが好きです。

Tomoe

Kazuko
©Ryota Momoyama 2012

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